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experience of disliking


I spent my January traveling the East Coast of the States.

mostly just to visit my family and friends, relax with the familiar faces.





"why we musicians play music? is it worth getting paid if it is only to express ourselves?"



this question has been sitting on my mind, and I wanted to ask if my friends had answer for it.



until now, I haven't heard any new ideas that could answer it.





but then, why do I still go to see concerts, sometimes spend a good amount of money and come back disappointed??





I guess I am still hoping to experience the magical, beautiful, almost sacred moment where people just play music for music. when I witness it, I feel the most grateful to have this life.



of course, as a musician myself, I go see others to "check out" what and how they do what they do. how they write music, how they perform, how the audience like it, and so on...





and as I have seen so many concerts in my life, I have seen concerts that I didn't like, or that was a disaster.


but then, that's also important to experience it so that you know what you didn't like about it, what you would do differently.


to understand yourself better.


to know music better.




and you need to first put yourself in the sea of good and bad, experience them and pick what you like. because if you had no idea, you can't even tell if you would like it or not. so then you grow your database.





on this trip, I went to a house concert in North Carolina.


it had very intimate and warm atmosphere, and that night was all about improvisation.


I was amazed that 50 people in North Carolina decided to go see something unknown. they committed themselves to experience something that you might like and enjoy, or you might not.


in this time, we spent so little attention on things.




we can see the preview before you go see a movie.


you can play next song, if you don't like the first 10 seconds of the song.


you swipe left, if you don't like the person's face or profile.


you rather read 150 words, instead of books.


youtube → reel → tiktok




but is it so easy to know a thing?


aren't we more than a profile?





didn't you grow your liking as you start listening to a song over and over?


don't we still love the person even we don't understand each other sometimes?





aren't we a little too impatient about feeling disliking or uncomfortable?



I think it's not so bad to experience disliking.




it may be the moment that you realise how happy and lucky you are.


it may be the moment that you appreciate what you have.


or that might be the moment you open a door to a new adventure.


and you may start discovering new you.





before you judge the book by its cover.












2024年は年明けからニューヨークに渡って、一月を東海岸で過ごした。




今回のニューヨークで会った全ての人達に聞いてみたかったのが

「ミュージシャンはどうやってお金を稼ぐべきか。そもそも音楽でお金を稼ぐというのはアリなのか。」という質問だった。






結局まだ誰からも目新しい道に繋がる様な一言をもらってはいない。





音楽家は昔からパトロンがいる人が続けてきた特殊な職業。


誰かに喜んでもらう為に作品を創ることを喜びと感じるからこそ、大昔の大作曲家達も何年もかかって大作を作り上げていたんだろうし。




絵画と違ってその物自体を手に入れるということが難しい媒体な為に、そしてLPやCDで聴くという行為から、ストリーミングサービスでただで音楽が聴けるということが当たり前になった現代で。自分という存在を探究し、明確にし、表現し、提示するという身勝手な行為に観客はなぜお金を払うのだろうか。





そして観客としての自分は、なぜ沢山のお金を払ってまで他のアーティストのコンサートを見に行くのだろうか。






一つには、そこで美しいものに触れたい、その最早神聖としか言いようのない空間を体験したいというのがあると思う。



本当にエゴのない、ただ音楽の為に演奏しているミュージシャン達の演奏を聴くと、ひたすら感謝の念と幸福感で満たされる。







勿論、音楽家として自分の技術や理解の向上の為にコンサートに行くのでもある。



どうやって音楽を創り上げるのか、音の運びは言わずもがな、彼らの動きの一つ一つ、コンサート全体の流れに至るまで。他の人がやっていることを見て、自分がどういうパフォーマンスをしたいのかを考える。






勿論、ここまで沢山の演奏を見てきたから、ちょっとこれは勘弁してくれと思うものも、好きではないものも、下手くそでも微笑ましく見れるものもあった。





それらを受け入れられたのは自分はこれの何が気に入らないのかを考える機会にもなりうるから、、、と思っていたかどうかはさておき。


自分の専門分野、興味のある分野では嫌いなものが明確にありつつも、それを引き受ける器も育つのかもしれない。





全く知らない分野であれば、それが正しいのか間違っているのか、自分が好きか嫌いか、そんなことも分かりようがない。






そういう意味で、あらゆる事柄に興味を向けて「自分にとってのいいもの・自分が好きなもの」を知るというのは自分を作り上げる為にすごく大事な過程だなと思う。特に、周りの判断や意見に流されがちな自分みたいな人間にとっては。





お金を払って、知らないものを経験しに行く。






今回の旅で行ったNorth Carolinaでのハウスコンサートで感動したのは、何が起こるか分からないほぼ即興のダンスと音楽というパフォーマンスに、片田舎の人達が50人も集まってそこにお金と時間を費やしていたということ。勿論、片田舎だから他に何もやることがない、というのもあると思う。だけども、この全てが飽和しきっている時代に、良いか悪いか、自分が好きか嫌いか分からないものをとりあえず体験してみようと自分をその場にコミットするというのは観客にとってもすごく大事なことじゃないだろうか。





プレビューを見て好みでないと思ったら他の映画を選択できる。


最初の10秒で好きでなければ、次の曲にすればいい。


顔が好みでないと思ったら左スワイプしてしまえる。


本を読むより、150字で把握できる。


YoutubeよりリールよりTikTok。




そうやってどんどん一つの何かに対して費やす関心はどんどん短くなっているけれど。



人ってその一瞬で判断されるようなものだったっけ。



最初によく分からないと思って聴いていた曲を、それでも何度も何度も折りを見ては聴き返しているうちになんだかクセになってきて、いつの間にか大好きになっていった曲があったりしたのに。






そんなことを思うあたしは古臭くって時代に追いついていないのかも知れないけど、人間とか音楽とかそのものに興味があって、その一面で、一瞬で何かを決めつけたくないと思っているのでもある。



自分が好きだと感じるものに囲まれているのは勿論幸せだけれど、それは好きじゃないと思うものを体験したことがあるからこそ分かること。


ここじゃないここじゃないと自分のいる環境に納得できずに挑戦し続けた結果、物凄くこだわりのあるやかましい人に仕上がったかも知れないけれど、自分の今いる状況は人生の中で史上最高に幸せだと思っているし、その先に見ているものはもっともっと楽しいものだと確信もしている。そしてそれは自分が求め、決め、作り上げたとも自負している。




だからたまにはランダムに知らない人のコンサートに行ってみたり、現代アートを鑑賞してみたり。そもそもいつもと違うお店に入ったり、道を通ったりする、ほんのちょっとした居心地の悪さを経験することをそんなに嫌がらなくていいんじゃないかな。





それは今の自分が思ったよりだいぶ幸せなところにいるという自覚をもたらすかも知れないし、何か新しい出会いをもたらすのかも知れない。



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